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前田康子歌集『黄あやめの頃』

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前田康子さんの歌集『黄あやめの頃』を、今週の朝の電車の中で少しずつ読んだ。

歌集の一首目から、ぐっと引き込まれるのだが、一気に読み通したくはない感じというのだろうか、ちょっとずつ歌に立ち止まりながら、歌集の世界に浸っていたいような一冊だった。

おみなごの身体はどこもふんわりと叱る私にふいに抱きつく
つるつるの進学塾のちらし来て子は中学生になるしかなくて
ミシン目のある浴衣など着ることなし私には器用な母がいたから
たねいれと書かれていたる瓶があり子が今日までに拾いたる種
壜の塩卓上にあり家族らが生きた分だけさらさらと減る


四首目の「たねいれ」の「種」と、五首目の「壜の塩」は、ともに〈家族との時間〉を象徴しているのだと思う。家族との関係を軸にして、過ぎ行く時間をいとおしむ。そんなテーマが歌集からは見えてくる。

読みながら、とても切ない気持ちになり、自分は今、短歌を読んでいるんだなぁと強く感じる歌集だった。好きな歌が多すぎて、あまりたくさんここに引用するのもどうかと思い、メモに書き写した。

やめたいと首長族は首輪する辛さを言えり撮影されつつ
電話にてカルボナーレ(・)作りしと言うおいしそうなり母のカルボナーレ(・)


歌集にはこんなユーモラスな歌もある。一首目の首長族の歌は、おかしみの奥に、人生の哀しみが見え隠れしているところがいい。二首目の「カルボナーレ(・)」は、「レ」にルビの「・」が付いている。カルボナーラを言い間違えたということなのだろうけど、たしかに「カルボナーレ」のほうが本格的で美味しそうな感じがする。

*

写真は、無性にパスタが食べたくなって、今日のランチに作ったカルボナーレ、ではなく、ナポリタン。

新宿三丁目・どん底【歌人の行きつけ その4】 [歌人の行きつけ]

昨日、短歌の友人と新宿で歌話会(飲み会)。

新宿東口の「千草」で飲み始め、三丁目の「どん底」、バーの「オールド・パル」の三軒をハシゴ。

作品や時評の話で盛り上がり、刺激をたくさんいただいた。

二軒目に行った「どん底」は、新宿で勤務していた二十代の頃によく同僚と飲みに来ていた店で、1951年創業の老舗の居酒屋である。その名も「どん底カクテル」という強めのカクテルが有名。ピザも美味しい。

この「どん底」は、歌人の小中英之さんの行きつけのお店だったとどこかで読んだことがあったのだが、出典をずっと思い出せないでいた。

おそらく総合誌の追悼文だったのではないかと当たりをつけて、国会図書館HPのNDL-OPACで検索してみたところ、「歌壇」の2002年3月号が最初にヒット。たまたま家にその号が残っていたのでめくってみたら、三枝昂之による追悼文「暦の向こうがわ」に次のような文章があった。

小中は不思議な男で、あるとき私の前にふいに兄貴分として現れた。昭和四十年代の、多分半ばである。働いている気配がないのに羽振りが好く、引き連れられてよく新宿の飲み屋に行った。どんぞこ、のらくろ、といった店がなつかしく思い出される。


三枝の追悼文での表記は「どんぞこ」となっているが、私の行った「どん底」が1951年(昭和26年)の創業(「どん底」のホームページによる)であることや、どちらも「新宿の飲み屋」であることを考えると、「どんぞこ」は「どん底」のことだと思ってほぼ間違いないだろう。

長い間、もやもやしていた記憶が急にすっきりした。

【H24.2.12追記】
2/10に、ある先輩歌人の方と飲んだ時、「どん底」については、小中英之さん自身も何かの文章に書いているということを教えていただいた。たぶんエッセイか何かだろうか。このブログの企画「歌人の行きつけ」は、テキストに裏付けられた情報で記載するのが根っこの方針。小中さんの文章は、「短歌人」の掲載だろうか、総合誌だろうか。見つけ出すのは簡単ではないと思うが、長期的な課題として探してみたい。


原賀瓔子歌集『星飼びと』

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原賀瓔子さんから第一歌集『星飼びと』(柊書房)をお送りいただく。

原賀さんは「コスモス」「桟橋」所属。

好きな歌に丸をつけながら読んで行くと、歌集が丸だらけになってしまった。

日常詠を基本に据えているが、描かれている世界が日常から少し浮き上がっているようなところが面白い。

花にゐし尺取虫の幼虫をエレベーターで地へもどしけり
きのふ雨の国をあるきし雨傘をけふ陽の国のベランダに干す
冬日射すかべに木馬のシルエット横向きはなぜさびしいのだらう
丸なのか真四角なのかにんげんのすなはちわれの死への入り口
口にして恥づかしければ淋しさをブラームス氏と名づけてをりぬ


一首目は、上の句を読んだ段階では、地上の花壇のような場面を想像するが、下の句の「エレベーター」という言葉を読んでハッとする。尺取虫はマンションなどのビルの一室の鉢植えにいたのだということが分かり、予想していた歌の展開の軌道修正を迫られる。
三首目の下の句の「横向きはなぜさびしいのだらう」もそうだが、いい意味で読者の予想を裏切るような下の句が、作品の中に日常とはちょっと違った世界を描き出しているのだと思う。

歌集には、早くに亡くされたご主人への挽歌も多く、その中にもいい歌がたくさんある。

われの指、甘咬みしたるかたき歯をとはに蔵へる夫の口腔
転生はするなわたしを待ってゐて 一周忌の夜酔うておもふよ
子とわれの小鉢ふたつを買ふときに紛れやうなく天にゐる夫


第一歌集というと二十代や三十代の作者のものが注目されがちだが、原賀さんの『星飼びと』のような成熟した一冊に触れられたことがとても嬉しい。

ありがとうございました。

*

写真は、汐入駅前の、あうとろう亭のブリの塩焼き。焼き上がりの色がうつくしい。

今野寿美編『山川登美子歌集』

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岩波文庫から、今野寿美編の『山川登美子歌集』が出た。

例えば、短歌を始めたばかりの方が、近代短歌を読んでみようと思って大きめの本屋に行ったとしても、今まで岩波文庫に収録されている女性歌人は与謝野晶子だけだった。

与謝野晶子の歌は、どこか自信に満ちているようなところがあり、正直なところ、僕はちょっと苦手に感じている。

一方、山川登美子の歌は、悲恋や病などの人生の悲しみを、美へと昇華させたような作品が多い。

それとなく紅き花みな友にゆづりそむきて泣きて忘れ草つむ
後世(ごせ)は猶今生(こんじやう)だにも願はざるわがふところにさくら来てちる
わが柩まもる人なく行く野辺のさびしさ見えつ霞たなびく


日本全体が元気を失っている昨今。人生の悲しみを、短歌という詩型によって、美しさへと変換させた山川登美子の歌に、とても励まされるような気がした。

編者の今野寿美による50ベージを超える「解説」「解題」も読みごたえがある。冷静な筆致の奥に、明治の文学青年たちの熱意を感じる文章だ。登美子の歌を「喪失感」というキーワードで読み解き、主題を〈哀惜〉であるとする分析にも、大きく頷いた。

京都を詠ったこんな歌もいい。

木屋町は火(ほ)かげ祇園は花のかげ小雨に暮るゝ京やはらかき
しら珠の珠数屋町(じゆずやまち)とはいづかたぞ中京(なかぎやう)こえて人に問はまし


*

写真は新千歳空港で買った「びえいのコーンぱん」


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