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『俳コレ』

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「銀化」の山田露結さんから、週刊俳句=編『俳コレ』(邑書林)をいただく。

「俳句のこれからを担う作家22人」のアンソロジー。

「銀化」から、山田露結さん、矢口晃さん、小野あらたさんの三名が入集。

僕も7〜8年前までは「銀化」に投句していたので、勝手に仲間意識を感じて嬉しく拝読。

コピーして赤はグレーに昭和の日 山田露結
万緑や髭の中なるジョンレノン 山田露結
会社辞め口座残りぬ年の暮 矢口晃
グッピーに藻を足し無断欠勤す 矢口晃
海老フライの尻尾の積まれ小春かな 小野あらた
立ち食ひの湯気の重なる二月かな 小野あらた


山田さんの作品は色彩とイメージの広がりが気持ちよく、矢口さんは句から人生が垣間みれるところが魅力的。小野さんはまだ十代の大学生とのことだが、海老フライや湯気などのモノの描き方がとてもうまい。

『俳コレ』を読んでいて、脳の中にドーパミンのようなものが、どんどん分泌されていくのを感じた。とても刺激をもらった一冊。

他に好きな句は、たくさんあるが、例えば次のようなもの。

夕立やとほくのビルはこはれさう 野口る理
ねむの花川幅なつかしく座る 福田若之
のび太君しやうがないなあ秋の暮 林雅樹
目で交はすくちづけよけれ秋扇 太田うさぎ
日暮里に近き西日暮里良夜 齋藤朝比古
いちばんのきれいなときを蛇でいる 岡野泰輔
シャワーより食み出してゐる耳二つ 山下つばさ
呼びもせぬエレベーター来神の留守 阪西敦子
春光のあつまるところ和紙を売る 津久井健之


こういう作品に触れると、また俳句を作りたいなあという気持ちにかられるが、そこはグッとこらえる。

短歌のほうで、頑張ります。

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写真はしばらく前に作った牛肉とゴボウとニンジンと蒟蒻の炒め物。


佐藤祐禎歌集『青白き光』

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佐藤祐禎さんは、福島第一原発のある福島県双葉郡で長く農業を営んでいた方で、平成16年に第一歌集『青白き光』を短歌新聞社から刊行。この『青白き光』が、いりの舎から文庫版として再版されると聞いて予約注文した。

農などは継がずともよし原発事故続くこの町去れと子に言ふ
「この海の魚ではない」との表示あり原発の町のスーパー店に
放射能は見えねば逃げても無駄だとぞ避難訓練に老言ひ放つ
リポーターに面伏せ逃げ行く人多し反対を言へぬ原発の町
立場あるわれは人目を避くるごと脱原発の会の末席に坐す
地震には絶対強しとふチラシ入る不安を見透かすごと原発は

地元からの視点にこだわり、一貫して原発に対して批判的な立場で歌を詠んでいる。事故前からこのように原発を問い続けてきた佐藤さんの歌を、僕は知らなかった。そのことを恥じる気持でいっぱいである。

佐藤さんは「あとがき」によると「文明信者」らしく、上に引いた歌の勢いのある字余りなど、文体に土屋文明の影響があるように思う。

『青白き光』には、原発の歌以外にも、生活の折々を詠ったいい歌がたくさんある。

つつましき笑顔を持ちてわが子をば攫はむとするかこの青年は
草食みて牛舎に連なり帰りゆくまだらの牛に差す夕ひかり
「持つてけ」と烏賊を一匹投げくれぬ船の上より若き漁師は
「あのな」といふ声にて目覚む去年逝きし父初めての夢の声なり


下記の「いりの舎」のブログから申込みできる。定価700円。

いりの舎のたねあかし
http://irinosha.blog.fc2.com/blog-category-2.html

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写真はカジキの粕漬けを焼いたもの。日本酒に合います。



柳澤美晴歌集『一匙の海』

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柳澤美晴さんは「未来」「アークの会」所属。2008年に第19回歌壇賞を受賞している。

「太郎と花子」の仲間でもあり、何度か歌会などでご一緒したことがある。

歌集『一匙の海』は、第26回北海道新聞短歌賞を受賞。第12回現代短歌新人賞の受賞も決まったようで、さいたま市のホームページで公表されている。

歌集はAmazonで購入。かなり前に読んでいて、ブログに感想を書こうと思っていたが遅くなってしまった。

すごく気合いの入った歌集だなというのが第一印象。どのあたりに気合いが入っているかというと、「修辞」へのこだわり方にである。

れんめんとおしよせてくる足音のめぐろにっぽりごたんだあの世

歩きつつ本を読む癖 電柱にやさしく避けられながら街ゆく


一首目は、人を「あの世」へ連れて行く死神の足音を聞いている歌だと思うが、「めぐろにっぽりごたんだ」がオノマトペのように使われている。山手線に乗っているような日常の日々も、人は確実に死へと近づいているのだ。僕は山手線に乗ると、この歌の下の句を思い出してしまうことがよくある。二首目の「電柱」の擬人法もうまい。

他にも修辞にこだわった作品はたくさんあり、前衛短歌やニューウェーブが切り開いてきた短歌の修辞の領域を、さらに押し広げて行こうという気概を感じる歌集である。

昆布漁する生徒らにアルバイト届を書かす初夏の教室

ぽろぽろとピアノと語る 生徒らが掃除をやめて出て行った後


「修辞」へのこだわり、と書いたが、歌集には、こんな何気ない日常を歌った作品もある。一首目は「昆布漁」のアルバイト届という具体が効いているし、二首目はシンプルな表現ゆえか、読んでいてとても静かな気持ちになってくるいい歌だと思う。

僕はどちらかといえば、後半に引いた昆布漁やビアノの歌のほうが好みだが、柳澤さんらしさは前半の歌のほうにあると思うので、これからもどんどん新しい世界を切り開いていってほしいと思う。

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写真は新宿東口の「千草」の千草巻きの盛り合わせ。

山口瞳『小説吉野秀雄先生』

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明日の勉強会で吉野秀雄の第二歌集『苔径集』を取り上げる予定なので、何日か前に参考図書として山口瞳『小説吉野秀雄先生』を読んだ。

絶版のようだったので、文春文庫のものをネットの古本屋で購入。

戦後すぐの時代の鎌倉アカデミアで、山口瞳が吉野秀雄に師事したころの思い出をまとめた回顧録風の小説である。

あくまで「小説」なので、ある程度の脚色や創作が含まれているとは思うが、吉野秀雄の人物を知る上で、興味深いエピソードが多い。

たとえば、吉野秀雄はかなりのお酒好きだったようで、小説の次の部分には思わずほほえんでしまった。

先生は、酒を飲むと、すぐに酔ってしまった。酔ってしまってから、留処(とめど)なく飲む。強いのか強くないのか、さっぱり分からない。酔うと、先生はどこにでも寝てしまう。先生は、巨大な軟体動物になってしまう。これを動かすのはたいへんだった。
電信柱に巻きついてしまう。これをひっぺがすのは、難事だった。そうやって、お宅まで巨人を背負ってかえることになる。

他にも、雑誌「創元」に発表するための「短歌百余章」(妻はつ子の死を詠んだ有名な一連)の原稿を受け取った小林秀雄が、読み終わるなり凄い勢いで山を下りて来たという鎌倉ならではの逸話や、吉野秀雄の髭は、若いときに病気のために酒を禁じられ、酒を飲みたいときに気をまぎらわすように髭を撫でるためにたくわえたものだったとか、メモをしておきたくなるエピソードがたくさんある。

山口瞳が吉野秀雄を師として本当に慕っていたということが伝わってくる小説で、「先生」っていいもんだなぁと、改めて思った。

とても読みやすく、百ページくらいの短い小説なので、興味のある方はぜひ。

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写真は昨晩飲んだ会津若松の末廣酒造の「山廃 ひやおろし 純米生詰」。

日本酒は純米がよく、生酛や山廃なら言うことなし。

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