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染野太朗歌集『あの日の海』

染野太朗さんから、歌集『あの日の海』をいただいた。

かなり前になるが、2月14日(月)のことだ。

染野さんとは「太郎と花子」と「早稲田短歌会」の合同歌会で一度お会いしたことがある。たぶん2003年か2004年くらいのことだから、もう7〜8年前になる。

懐かしいなあと思いながら歌集の奥付を見ると、染野さんは1977年生まれ。「まひる野」に所属。ああ、僕と同年の生まれではないか。

月曜日はだいたい休肝日にしていて、この日は仕事も早く終わったので、横須賀の自宅に近い汐入桟橋のたもとにあるスターバックスに、歌集を持って出かけた。

同世代の歌集が出ると、正直なところ、なんだかくやしくて、いつも斜に構えながら読んでしまう。実は、『あの日の海』も、ちょっと粗探しでもしてやろうという、ひねくれた根性で読み始めたのだ。

ところが、読み始めてみると、ぐいぐい引き込まれ、一気に読み通してしまった。いいなぁと思って丸を付けた歌もたくさんある。読み終えた後、しばらく茫然としてしまい、これはどうしたものかと考えたあげく、変なライバル意識は捨てて、染野太朗のファンになることにしたのである。

染野太朗の歌は、派手なレトリックや、難解な言葉はほとんど使われていない。ただ、一首一首の姿は非常にかっちりとしていて、意味が分からない歌というのは全くといっていいほどない。非常にさっぱりとした姿をしている歌なのだが、そこからなんとも言えない味わいを感じるのである。

教頭はビジネス文書もパソコンも人の気持ちも野球もわかる

新調の紺のスーツを「いいねえ」と副校長にからかわれたり

教頭と向き合い啜るラーメンの葱をひとすじ歯につまらせて


染野太朗は、中高一貫校の教師をしているらしいが、職場の上司たちを詠んだこんな歌が、僕には面白くてたまらない。僕は勝手に「教頭シリーズ」と命名しているのだが、人間のおかしみのようなものが歌から滲み出ているように思う。


鉛筆を持たぬ左の手がどれもパンのようなり追試始まる

胡麻塩の胡麻のようだな多数派となりて出でたり小会議室を


教師としての職業詠。一首目の左手への視点の置き方や、二首目の胡麻塩の比喩など、とてもうまい歌なのだが、読者に過剰な負担をかけないところがいい。言葉選びがシンプルだからだろうか、読んでいてストレスを感じないのだ。


ローリエが鼻腔を占拠したあげくあざ笑うなり 弱いねおまえは

友の背の皮をめくればゆうぐれの草原 馬が風にうなずく

タンポポの背が伸びるころ君よりも君を知るのだ狭い新居


こんな歌もいいと思った。特に最後のタンポポの一首は、結婚を詠った名歌ではあるまいか。

染野太朗の歌は、言葉も文体もシンプル。そのため、とても暗唱しやすいのが特徴だ。

いいと思った歌は記憶して、ときおり心の中でつぶやきながら味わう。

短歌を読む喜びとは、本来そんなものだったはずで、染野太朗歌集『あの日の海』は、そのことを思い出させてくれたのである。


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